株式会社DMGフォース 代表取締役 塚田佳満
1. はじめに
2. 地域振興の考え方
3. 地域振興を支えるマーケティング手法
4. 弊社の取り組み 「五所川原市・就農就労型6次化事業」
5. まとめ
1. はじめに
筆者は、20年以上通信販売に携わり、地方企業による大都市消費者向けの販売事業のマーケティング担当として多くの企業支援を経験してきた。その経験を生かし、2012年8月に現在の会社を起業し、地域振興事業と海外進出事業のコンサルタントとして企業・地方団体の支援を行っている。今回、筆者が、(一財)地域総合整備財団1(ふるさと財団)の助成で実施された平成26年度「新・地域再生マネージャー事業2」の外部人材として、着任し取り組んでいる青森県「五所川原市・就農就労型6次化モデル事業」における、農業高校が中心となる地方振興の新しいモデル作り事例を通じて、地域振興の考え方とマーケティング戦略を紹介する。
2. 地域振興の考え方
ふるさと財団は地域振興・地方再生について市町村に対し助成金を支出し支援している団体である。同財団は支援条件を明確にするため地域振興・地域再生成功の課題と活動内容を定義している。
地域再生には、「持続可能性」と「ビジネス創出」2軸の実現が必要であるとしている。出発地点を「環境整備・構想段階」とし、機運醸成を主課題として人の発掘とターゲットの明確化を実施する段階。次に、「実施体制整備・基盤整備」と「商品化・開発力整備」に取り組む事とし、「基盤整備・安定成長」を到達地点として設定している。これを「地方再生の2軸・4象限」として、地方振興・地域再生の課題解決方法としている3。
出典:地域整備総合財団平成27年度「新・地域再生マネージャー事業」手引きP6
3. 地域振興を支えるマーケティング手法
地域振興を「地方の消費喚起」として限定して考えてみたい。「地方の消費喚起」には2つの課題解決方法しかない。「地域内で消費を促進すること」と「域外から消費を呼び込むこと」である。これには、「データドリブンマーケティング」および「ダイレクトマーケティング」手法が活用される。
a. 「データドリブンマーケティング」
地方消費を地域内で促進するためには、特定多数の住民に対し、その地方独特の興味や消費性向に合わせ、適切に商品・サービスを提供する事に尽きる。従って、地方事業者は、商圏が限られ、住民の入れ替わりは少ないので、特定の顧客に対し継続的な取引、リピート注文をとり続ける行動をとるのが通例である。特に小規模な商店であれば、特定のリピート客と関係を構築して長期的な利用を促す行動をしている。さらに、成功を確実にするためには、顧客の情報データベース(顧客台帳や取引台帳など)を構築し、次回の取引を促進する活動を行う「データドリブンマーケティング」が採用される。「データドリブンマーケティング」は顧客データを積極的に活用し、データをエンジン(駆動力)として推進するマーケティング手法である。テクノロジーが進みビックデータ技術により、大量なデータが容易に取得活用できるようになった今日、「データドリブンマーケティング」活動の精度を上げる事が可能となっており、今後の小売業を劇的に変革させる可能性がある。
b. 「ダイレクトマーケティング」
平成27年1月に発表されたひと・まち・しごと地方創生本部事務局による地方創生の消費喚起3本の矢として発表されている資料4によると、域外消費を呼び込むには、「ふるさと名物」と「体験消費(旅行)」の普及促進が具体的な解決策と考えられている。この整理は分かりやすい。2つの仕組みを構築できた地域は成果が上がると筆者は考えている。
出典:ふるさと名物商品券・旅行券 プレミアム付商品券について別添1平成27年1月まちひとしごと創生本部事務局
具体的には、地域外からの消費を呼び込む方法として、体験消費=旅行者を増やし、地方における直接観光での消費を促進。その後、地方での「楽しかった」「美味しかった」良い体験に基づき、「ふるさと名物」を通信販売などで購入させることにより、域外消費を継続的に取り込む戦略である。過去の旅行者、将来の旅行希望者に対し、継続して消費促進してゆく。消費者と相対販売および、非対面による通信販売は、「ダイレクトマーケティング」の手法を使って実現される。インターネットショップ、テレビショッピングなど、遠隔地からの商取引を積極的に実施する「ダイレクトマーケティング」手法を導入することがもとめられている。
出典:「ふるさと名物商品・旅行券名品指定の方法に関する参照資料 別添2」平成27年1月まちひとしごと創生本部事務局
整理すると、地域振興は、「域内消費の刺激」と「域外消費の呼び込み」で実現できるとし、その手法は「データドリブンマーケティング」と「ダイレクトマーケティング」である。都市部・海外などで販売イベントや販売ショップをつくる従来の単発的な手法、また広告を域外に実施するだけではなく、地域に関心がある見込み客・顧客をデータベース化し、精密な分析と仮説立証を行うマーケティング活動が、地域振興に有効なマーケティング手法である。
4. 弊社の取り組む 「五所川原市・就農就労型6次化事業」
五所川原市にてふるさと財団が支援するし、五所川原農林高校長佐藤晋也氏が中心となり推進されている6次産業化推進協議会の設立3年目になる地方再生の事例を報告する。「ダイレクトマーケティング」をベースに構築された地域振興事例である。
a. 五所川原市の事業背景
りんご生産において、全国市町村自治体ベスト10の生産量を誇る五所川原市ではあるが、大規模流通依存を主因とした価格競争の激化なども影響し、第1次産業の就業人口は年々減少し、市内総生産は平成17年時点でわずか3.5%を占めるにすぎない。また、市政策の市民ニーズ度において、「雇用対策の促進」、「農林水産業の振興」が上位を占めるなど、6次化事業に対する市民ニーズが高い状況がある中、産官学協働の五所川原6次産業化推進協議会(事務局:五所川原農林高校)を発足させ、各種地域農作物の生産・加工品研究及び販売実験等の6次産業化施策を実施してきた。しかし、販路開拓はほぼ市内・県内に限られており、「安定的な販売→生産量増加=雇用創出」に繋がる販路開拓とその運用手法に困窮している。加えて、市の地域資源「赤~いりんご」の新品種「栄紅」5が収穫可能となるのが5年後となる中、市民の雇用ニーズやTPP交渉対策を鑑みると、「栄紅」収穫年度を待つことなく、実践的な6次化事業受け皿としての事業体構築が喫緊の課題となっていた。
b.事業の構想は生産者と消費者のダイレクトマーケティング
五所川原6次産業化推進協議会などを通じた研究開発フェーズから、地域をあげた戦略的な販路開拓及びその運用体制を具現化する施策として、安定的な販売手法の確立を通じた計画的な生産量増加による既存農家及び加工業者の収入増及び、地域住民の雇用創出に繋がる受け皿として、就農就労型事業法人の設立が計画された。りんご・毛豆(青森地方の独自品種の枝豆)生産者・事業者・行政・高校生らが参加メンバーにも広く情報共有を図りながら事業を推進している。設立を目指す事業法人では、生産・加工による商品開発及び販路開拓としての販売に留まらず、顧客をデータベース化し、継続的なフォロー活動を行うダイレクトマーケティング手法を導入することで、顧客ニーズの把握に努め、付加価値のある特産品の計画的な生産が行える事業環境で、新たなビジネスを創出することに取り組んでいくこととした。
c.対面販売による顧客開拓
五所川原農林高校東京同窓会(6月1日)、走れメロスマラソン(6月6日)立佞武多等で、五所川原に縁のある方々を対象とした消費者クラブ会員(栄紅応援サポーター)の募集を行った。また豊洲マラソン(10月25日)、企業CSRセミナー等で、首都圏等の地域外を対象とした消費者クラブ会員(栄紅応援サポーター)の募集を行い、直接獲得した消費者クラブ会員(栄紅応援サポーター)は平成26年末現在 約1,000名にのぼる。
d.顧客フォローアップ
当初より、消費者のリピート獲得が消費の源であることを認識し、顧客フォローアップの重要性の理解促進ともに、将来の人材育成に向けて、五所川原農林高校の生活科学科2年生(女子30名)に、教育実習の一環として顧客のフォローアップ研修を計4回実施した。その結果、アウトバウンド研修では、架電件数86人(登録リスト件数139人)の内、登録本人対話件数29人から、7件の有料会員登録と4件のカタログ希望と、実に登録本人対話の37%以上からオーダーを得るという、CRM6のプロも顔負けの実績を残した。*高校生の販売実習の一環でのストーリー性のある地域PRには、消費者からも温かい対応を得やすいということの現れといえる。研修の実施内容は以下通り。
第一回(5月27日):「お客様の顔が見える販売」とは異なるフォローアップ
「お客様の顔が見えないフォロー」の重要性の座学研修。
第二回(6月24日):顧客データベースの作り方と個人情報の大切さの座学。
実顧客(栄紅応援サポーター)のデータ登録研修。
第三回(7月15日):実顧客(栄紅応援サポーター)のデータ登録研修。
第四回(7月25日):実顧客に向けたフォローアップ(アウトバンド)研修。
e.通販サイトによる顧客開拓
生産加工クラブ会員とマネージャーの協議により、栄紅応援サポーター募集を兼ねた通販サイトでテスト販売を行う商品を24商品リストアップし、その中から、通販サイトでの販売に資するストーリー性をもつ3商品を選定した。
・ お米甲子園受賞米と農薬不使用
27年の安心安全米のつがる
ロマンセット
・津軽鉄道クラブサポーターフリー 切符セット(ペア)
・ 今まで見たこともない白くって美味しいりんご ホワイトふじ
(通販サイトhttp://www.akai-ringo.jp/)
通販サイトの構築とテスト販売(運営)においては、任意団体である五所川原6次産業化推進協議会はサイト運営者になれないため、津軽鉄道株式会社にサイト運営者を依頼し、運用を行った。首都圏で本事業の消費者クラブ加入促進活動及び新販路開拓活動を実施していたところ、8月初頭にテレビショッピング番組放送枠を保有する業界最大手の株式会社トライステージ(2178東証マザーズ)より、「高校生が作る商品はストーリー性がありおもしろい」と打診があった。TOKYO
MXの協力も得て、五所川原での取材撮影、砧スタジオでの収録を行い、11月29日の放送にこぎつけた。取り上げた商品は、通販サイトでもテスト販売を実施している「お米甲子園受賞米と農薬不使用27年の安心安全米のつがるロマンセット:8640円」と「今まで見たこともない白くって美味しいりんご ホワイトふじ:6400円」の2種類とした。商品価格においては、テストマーケティングの意味合いを大きくし、生産加工クラブ会員の協力も得て、高めの設定とし、商品価値を損なわないように心掛けた。結果としては、お米セットは40セットを販売、りんごは番組を見た業者からの問合せで全量買い取りとなった。ただし同業者は中国へ輸出販売していたことが判り、海外展開の体制構築が急務であることを改めて実感した。
f.事業法人の設立
平成27年1月、地元企業有志により「株式会社アグリコミュニケーションズ津軽」設立。同社が地元から期待される役割は、生産/加工/販売/顧客フォローを一元的にマネジメントすることで、生産者・加工業者等の所得増加と五所川原農林高校生をはじめとする、地域住民の6次化事業の就農就労(雇用)の受け皿となることである。具体的には、独自品質基準「G-GAP」を設定し、五所川原農林高校及び五所川原商工会議所と連動して管理運用することで、生産加工クラブに販路保証(買取保証)を行う。また、消費者クラブの運営及び地域商品のOEM供給や海外輸出等、販売マーケティングを担当(ダイレクトマーケティング全般+新販路の一元開拓)する。同社が生産者・消費者クラブのマネジメントすることで、生産加工クラブ会員の高付加価値商品の計画生産と、生産増及びマネジメント業務を通じた新たな雇用が期待されている。
5. まとめ
平成27年1月安倍首相の年頭会見7は、地方創生について政府方針を農水産業と観光業の振興としている。今後マーケティングの果たす役割は極めて大きく、「データドリブンマーケティング」・「ダイレクトマーケティング」のノウハウが広く理解され普及することを期待してやまない。地方の生産者・事業者が若年層の雇用先として魅力的なビジネスを創出し、都市部の消費者と継続的な関係を重視することで、地域の人口以上の消費者を相手にビジネスを展開することが地域振興につながる。現在、地方創生本部が設置され、本格的に政府が動き出す中で、地方創生が推進され、地域振興に結びつき日本の将来に役立つことを祈念してまとめとしたい。
参考資料・文献
1 地域総合整備財団(ふるさと財団):地域における民間能力の活用、民間部門の支援策として考え出され、昭和63年12月21日、自治大臣(現: 総務大臣)及び大蔵大臣(現: 財務大臣)の許可を得て、都道府県、政令指定都市の出捐による財団法人として発足。(同財団ホームページより)
2 新・地域再生マネージャー事業:地域総合整備財団(ふるさと財団)が実施する助成事業。市区町村が地域再生に取り組もうとする際の課題への対応について、その課題解決に必要な知識、ノウハウ等を有する地域再生マネージャー等の外部の専門的人材を活用できるよう必要な経費の一部を支援するもの。(同財団ホームページより)
3 「地方再生の2軸・4象限」:地域整備総合財団平成27年度「新・地域再生マネージャー事業」手引きP6
4 「ふるさと名物商品・旅行券名品指定の方法に関する参照資料 別添2」平成27年1月まちひとしごと創生本部事務局
5 新品種「栄紅」:五所川原市にて開発された新品種。中身までが赤く健康成分が多く含まれ美味しいりんご。http://homepage3.nifty.com/malus~pumila/appls/eikou/eikou.htm
6 CRM:Customer Relationship Management(顧客関係管理)とは、顧客との関係性を重視し、顧客満足度を向上させることで取引を最大化・向上させるための手法。顧客との関係を構築することに力点を置く経営手法のこと。
7 政府官邸ホームページ 平成27年1月5日総理会見よりhttp://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0105kaiken.html
安倍首相「まず力を入れていきたいのは、地方資源の掘り起こしであります。日本のどの地方に行っても様々な魅力的な資源が必ずあります。そうした各地域特有の産品や観光資源を全国の人に、さらには世界の人たちに対して知ってもらい、そして、市場を拡大するための後押しを徹底して行っていきたいと思います。地方資源の掘り起こしは、中山間地域にも仕事を生み出していきます。主に地方資源の中には第一次産業、農業や水産業、あるいはその農林水産品の加工品というものもたくさん含まれていると思います…」とある。